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【コラム】お題としての、ハーフ

じゅりあんです。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

大阪は雨が降りそうで降らない、ムシムシな天気です。

明日には降り出してしまうのかな。

どうせなら、ぱーんと晴れてほしいものです。

ぱーん!



今から関西の私立大学でゲストスピーカーをして参ります。

1年間に何度か、

「ハーフの社会史」や

「ハーフの若者への支援」というお題で、ゲストスピーカーを依頼されることがあります。

今日も、そして、これまでも、できるだけ務めるようにして参りました。

今日も気合い入れていきます。


ハーフという言葉。

ある人にとっては1番身近で、

ある人にとっては1番遠くて、

ある人にとっては当たり前のようにそこにあるけれど近くも遠くもなくて。

そう、ハーフという言葉に

「しっくりくる」人も、

そうでもない人も、

そうではない人も、まさに、いろいろな人がいます。

「父母のどちらか一方が外国人で、もう一方が日本人である者」を、社会で一般的に広まっているハーフの定義だとします。


あれ、両方外国人である子どもはハーフの中に入らないの?

両親のどちらかがハーフだった場合はクォーター?

両親のどちらかがクォーターである場合は?

半分を意味するハーフって言葉を使いたくない人までハーフって呼んでいいの?


そもそも・・・

ていうか・・・


もっともっともっともっと、

いろんなツッコミが可能です。

そうなのです。

ハーフという「くくり」、

つまりカテゴリーに入らない方、

入りたくない方、

ちがう「くくり」のほうがしっくりくる方、

そもそもそういった「くくり」に入りたくない方、

「くくり」で迷っている方・・・


色んな方がいるのに、いつのまにやら現代日本社会では、どういうわけだかハーフという言葉が広まってしまって、「なんとなく」使われています。


この「なんとなく」が、

どうやって形成されてしまったのか。

そして、どうやって、

僕たちの思考や言動を、

ぐるんぐるんに縛ってしまうようになったのかについて、話すようにしています。


与えられた90分であらゆるトピックを

語りつくすことなんてできないので、

いつも調整が難しいのですが、

学生のみなさんのリアクションを参考にしながら、

「なんとなく」って思っていたけれど

全然「なんとなく」出来上がったわけではない社会の成り立ちについて伝えて、その上で、

お土産ですと言いながら

「『なんとなく』に縛られたままで、自分や自分の身の回りの人と向き合っていいのかなぁ・・・」という感覚を手渡せるように、ポイントを絞りながらお話しています。

少しでも、半歩だけでも、届くように。



授業を聞いてくれる学生さんの中にも、そのお友達にも、家族にも、サークルにも、バイト先にも、恋人にも、ハーフという「くくり」に入る人が(その「くくり」に入りたくない人も)いらっしゃることがあります。


「くくり」とは不思議なものです。

ハーフに限らず、「くくり」は色んな人をぐわっと巻き込むこともあれば、巻き込まないこともあります。


そこには、常に選択がある。


この選択はすごく恣意的で、どうしようもなく政治的で、誰かを傷つけるという意味で暴力的です。


でも「くくり」があるから、初めて人間は何かを認識することができるのも、たしかです。

ここに、呪縛があります。


人を巻き込み、振り回し、選別し、でも、何かを知らしめる。

だからこそ、ハーフに限らず、わたしたちは特定の「くくり」に安堵感を覚えることもあれば嫌悪感を抱くときもあるのでしょう。


「じゃあ、使うのやめよう!」「ほかの言葉にしよう!」と言っても、ここまで広がってしまうとなかなかすぐに用済みにすることは難しそうです。


とはいえ、僕たちは、あくまでも「お題として」、ハーフという言葉について、あれでもない・これでもないと、頭をひねったり、ほかの人に話を聞いたり、意見を言い合ったり、昔の資料を調べてみたりすることができます。


ちなみに、

僕が論文で「ハーフ」と、「問題のある言葉ですよ」とあえてカッコ付で示すのは、この言葉自体が、お題として考えられるべき「くくり」だと考えているからです。

あるいは、そんな厄介な「くくり」が、ある人々には「しっくり」くることも、こないことも、書き残しておきたいからです。


お題として、考える。

手がかりとして、

きっかけとして、考えてみる。


だからこそ、このサイト名にはハーフという言葉を含んだものにしました。

お題として、その問題性を含めて、「しっくり」くる感覚、こない感覚も含めて、みんなで考えたいからです。


当サイトのHAFU TALKという名前を発案した吉孝くんは、ご自分のことをクォーターと名乗っています。

その彼が、ほかでもないハーフと言う言葉を、あえてチョイスしたのも、おそらく、この「お題としてのハーフ」から、まずは考え始めたいという思いがあるのでは、と思っています。

(ご本人のコラムをそれとなく促しました笑)


お題としての、ハーフ。

なんで〇〇じゃないの?という感覚をお持ちの方も大勢いらっしゃると思います。

ほんと、そのとおりで、この選択は恣意的で、政治的です。


お題としての、〇〇。


今度からは、〇〇をお題としてみようとなったときに、HAFU TALKというサイト名は変えてしまってもいいと思っています(前回のコラムでも、そのようなことを書きました)。

ただ、いま、このどうしようもなく社会にひろがってしまったハーフという「くくり」に、戸惑ったり、振り回されたり、身近に感じたり、近しくも遠い――まさしく、余白のようなものとして――と感じられる人々は、おそらく大勢おられるのではないのだろうか、と考えております。


ですので、いったん。

HAFU TALKという名前で、突き進んでみたいと思います。


「くくり」に翻弄されながら、それをお題としながら、1歩ずつでなくても、「半」歩ずつでも、近づいたり遠ざかったりしながら、あれやこれやと頭と体を動かしてみたいと思います。


みなさまからの、半歩。

いつでもお待ちしております。


ところで、当サイトの「あれやこれや」がそろそろグッと進みそうです。

また、お知らせいたします。


それから、次回は「反響とバランスボール」というタイトルでコラムを執筆する予定です。

人生初コラムに寄せられた感想・コメントをご紹介しつつ、改めて、余白について考えてみます。


そろそろ、ゲストスピーカーに行ってきます。

また、朝ご飯を食べ損ねました(笑)

それでは、今日はこのへんで。



ゲストスピーカーでの報告資料「ハーフの若者の支援」

ライター:ケイン樹里安

▼twitter: @Juri1juli1


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