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政治的発言を全くしないローラも「政治的」だと思う (by ケイン樹里安)





いきなりローラさんを呼び捨てしてしまいました。

大変申し訳ございません。


「さん」付けするとちょっと語呂がわるそうだったので、敬称略で書きました(いつも講義内でお世話になっております、ありがとうございます)。



お久しぶりです、じゅりあんです。



気づけば12月も終わろうとしていますね。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。



さて、最近ローラさんが話題です。



「海に土砂を入れる」激烈な政治的行為にSTOPをかける電子署名を呼びかけたところ、その発言が「芸能人らしからぬ政治的な発言であり、よくない」という報道がされて、話題になっています。


あまりにも多くの論点を含むので、本コラムでは1点に絞って考えてみたいと思います。



(①「内政干渉」という国家に向けられることの多い言葉がなぜか海外にもルーツのある特定の個人に使われていること、②国会議員でなくても海外にもルーツがあることをもってヤイヤイ言われることもある、といった論点もありますね)



さて、本コラムでは、仮に「ローラさんが全く政治的な発言をしなかった」としても、それはそれで十分「政治的」じゃないの?というところを考えてみたいと思います。


あえて、この部分をまずは考えてみたいと思います。


沈黙って、実は、十分に政治的なのではないのでしょうか??


ちょいと考えてみましょう。

ローラさんが声をあげるという判断をして、実際に声をあげるという行為をして、その効果として多くの人々が署名にサインをすることで、「海に土砂を入れる」ことを可能にする政治的な力関係や条件に何らかの作用がもたらされる(可能性がある)。


なるほど、いかにも「政治」っぽい。


最初の「判断」、実際の「行為」、あらわれる「効果」、もたらされるかもしれない「作用」に至るまで、政治的な香りがぷんぷんしますね。



では、逆パターンを考えてみましょう。



ローラさんが声をあげないという判断をして、実際に声をあげることもなく、新たに多くの人々が署名にサインをする動機付けがもたらされこともなくなり、「海に土砂を入れる」ことを可能にする政治的な力関係や条件が維持された(可能性がある)。



あれ。



沈黙を選んでも、政治的な「効果」や「作用」が生まれていますね。


加えて。


お仕事が減るかもしれないし、「政治的な発言をするなんてちょっとどうかと思う」なんて言われるかもしれないし、バッシングされてしまうかもしれないから、政治的な発言はやめておこう。


そんな「リスクを推測して、沈黙を選ぶ」という「判断」も、そもそも十分政治的な判断であり、行為なのではないでしょうか。


考えてみれば、某テレビ局の取材班に「選び出された」人々が「ローラさんの政治的発言はちょっと…」と言葉を発した瞬間、ローラさんのバッシング(?)を維持したり、強化したり、誰かを動機づけたり、正当化の根拠を与えたり…といった政治的な効果を生み出してしまったという意味で、その人々のやったことも、めちゃんこ「政治的」だともいえます。


それをそのまま流したテレビ番組も、政治的な「判断」と「行為」をしているわけで。



なんといいますか。



僕たちは、しばしばホイホイと政治的な身のこなしを「うっかり、してしまっている」「うっかり、関わってしまっている」日常を生きている、と考えてみたほうが僕たちの普通の日常について考えるうえで適切なのではないでしょうか。



そういえば、

近所のコンビニで売られている数十円のお菓子だって、どこかの誰かの労働と賃金と汗と涙につながっているのだとしたら、そのどこかの誰かと、ものすごーく、うっすらとでも、関わり合っているともいえます。


それはなかなか厳しい最低賃金や労働環境のなかで生まれた味を口の中に放り込んでいるといるわけです。


「そんなこと言われたら食べづらくなる…」と言いながら、その誰かを取り巻く、政治的・経済的・社会的な状況を「見てみないフリ」を「する」こと自体が、「見てみないフリをしない」時とは別の政治的な効果や作用をもたらすのだとしたら…?


それはやっぱり、政治的な「判断」と「行為」ではないでしょうか。


政治的でない状態でいよう、という「脱・政治」的な身のこなしを貫いていることで、誰かに何らかの影響を与えたり、与えなかったり、ほったらかしにすることで、何かを維持したり、支えたりすることも、実はもの凄く政治的な営みなのではないでしょうか。


「政治的なことは、よくない」という、「脱・政治」的な言葉が飛び交い、降り積もるなかで、どんな政治的な効果が生まれるのでしょうか。


たまたま、バッシングの対象がローラさんだっただけなのかもしれない。


でも、それは、ローラさんだから、特別に選び出されたのかもしれない。


「おバカキャラ」から「キャラ変」ーーキャラクター変更ーーしたと言われるローラさんだったからこそな部分は、本当にゼロなんでしょうか。


そこには、女性に不条理にも求められがちな身のこなしと、ハーフに限らず海外ルーツに求められがちポジションとの絡まり合いが、見え隠れしていないでしょうか。


誰の、どんな発言なら「政治的な発言」だと言われなかったのでしょうか。


ローラさんの「政治的な発言」にコメントを出している人々の発言は「政治的な発言」ではないのでしょうか。


もし仮に、ローラさんが政治的発言を全くしなかったら。それで何らかの「効果」が生まれていたとしたら。その時、それはそれで、別の形で、十分「政治的」なのではないでしょうか。


政治的な発言を回避する「脱・政治的」な身のこなしは、どんな政治的な「効果」をもたらすのでしょうか。



疑問はつきません。



「政治的な発言」だと呼ばれる言葉と呼ばれない言葉が降り積もるなかで、いったい、どんな2019年になるのでしょう。



良いお年を。



じゅりあん

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