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「一人の人間として、あなたと同じように日本で生まれて育ってるんですよ」川辺ナオミさんインタビュー

最終更新: 4月13日



川辺ナオミさん(仮名)は大学生の頃、学校教育とアイデンティティとの関係性や教育についてミックスルーツをテーマに卒論を書き、その時にお話をした縁で今回お話を聞かせて頂きました。


(この記事は、書籍『「ハーフ」ってなんだろう?あなたと考えたいイメージと現実』に掲載されているインタビューのロングバージョンです。書籍情報は記事の最後に記載しています。)


***



――お生まれはどちらですか?


生まれは栃木県です。保育園は三つ行っていて、一個目と二個目は神奈川県の川崎市だったんですけど、今よりもずっと田舎だった時で、20年ぐらい前なので。両親が昔東京に住んでたっていうのがあって私が生まれた後は川崎に住んでました。周りも、私みたいに、海外にルーツがある子が結構いたらしくて。そういうつながりで住んでたっていうのはお母さんから聞きました。


川崎の保育園はほとんど記憶はないんですけど、私はどっちかというと外でよく遊んでるタイプで。女の子が私ともう一人しかいない保育園だったんですけど、その子が結構シャイな子だったので、私はどっちかというと男の子たちとよく遊んでて。自分で覚えてるのは、それが自分のルーツと関係ないかもしれないですけど、戦隊モノとかを男の子が見てそういうアクション系の遊びをしようみたいになって、私とあと男の子三人で遊んでたんですけど、なぜか私が自動的に悪者役になってしまっていて。そういうので、パンチされたりキックされたり、っていうのは覚えてるんですけど。なんでそうなったのかっていうのは…。私が女の子一人だったからか、私がその戦隊モノを見てなかったからなのか、敵役にさせやすい何かがあったのかわからないですけど、そういう思い出があります。それだけ覚えてます。それで先生のところに一生懸命逃げていって、先生に怒ってもらったっていうのは覚えてます。



私は知らないんですけど、お母さんによく言われるのが、栃木に戻ってからの保育園選びはすごいがんばったんだよっていう話はよくされてて。選ぶってなった時に、いろんな認可の保育園、片親になったので、保育園じゃないとどうしても時間的に預けられないっていうのがあったので、保育園を探してた時に、園長先生に電話して「自分の子どもが外国人との子どもだから、そういう子どもを受け入れてますか?」みたいな質問をしたら、「いますよ」みたいな似たような子がいますよ、みたいなことを教えてくれて、「そういうことを教育として教えてくれたりしますか?」って言ったら、「必要があればやりますよ」みたいなことをしてくれたみたいで、そういうのがきっかけで私が入った保育園を選んでくれたみたいです。私が入ってからも、「私のルーツがある国について子どもたちに教えてもいいですか?」って保育園の先生から親に聞いてもらって、そういうことをやってくれてたみたいです。一つ上に、多分どこかの白人と日本とのルーツがある子がいて、その子のお父さんが外国の人だったんですけど、英語の先生として、その保育園で英語を教えるみたいなことをしてたので、それも保育園の考え方でやってたのかもしれないです。園長先生が女性の方だったんですけど、その先生の方向性もあったのかなと思います。



同じ歳の子たちと特に何かあったっていうことはなくて、まぁ記憶から抹消されてるからかもしれないんですけど、でも、年上の男の子たちから指差されて、たくさん肌のことで言われたっていうことは覚えています。でも、何を言ってるんだろうっていう感覚しかなくて…。その頃はずっとお母さんから、「肌の色のことを聞かれたら、ブラックチョコとホワイトチョコを混ぜたらミルクチョコレートになるでしょ、それがナオミの肌の色だから、聞かれたらそれを説明しな」って言われて、そういう説明をしてました。でもその男の子たちはそれを言ってもわかってくれなくて、なんでだろうっていうのは覚えてます。でもそれによって何があったかっていうのは思い出す限りないです。


――小学校とかも同じ地域ですか?


そうですね。ぜんぶ小中は学区内の学校でした。小学校が、私は恵まれてたなっていうふうに感じるんですけど、学年が三クラスで一クラス40人ぐらいいたんですけど、結構出入りが多い地域で。海外にルーツがあるとか関係なく、毎年クラスから五人は転出するし、三人は転入するみたいな、すごい入れ替わりの激しい地域だったんですよ。そういうのもあって、ゆくゆくは海外転勤するんだっていう家族もいたし、私以外にも海外にルーツがある子たちっていうのも二人以上はいましたし、六年間通して外国籍の子も何人かいたりっていうのはありました。なので、普通の公立の小学校だったんですけど、そういう多様性はあったのかなっていうのは思います、今考えると。


特に、思い出がなくて…。小学校一年生の頃に男の子から「肌の色が違う」って言われて、一年生だったので、保育園の流れのままでお母さんに言われたことを言ったんですけど、男の子も理解できてなくて。そしたら担任の先生がその子に対して、叱ったというか、「ナオミちゃんのお父さんはアフリカ人、お母さんは日本人、だからナオミちゃんはこうだよ」っていうのを説明して、後からその男の子から「ごめんね」って謝られたんですよ。これからは遊ぼうねじゃないですけど、そういう感じで理解してもらったっていうのを境に、六年間はそういうのはなかったです。



もしかしたら私がすごく前に出たいタイプで、なんでも手を上げて「ハイ!ハイ!」みたいな感じのタイプだったので、抑えようとも思えないっていうのもあったのかなっていうのも今考えるとありました。ただ、私以外にいた子たちはみんなアジア系のルーツの子たちで。名前もミドルネームがある子がいたりしたんですけど、外見的に目立つ子は私ともうひとり男の子がいて、その子とは3年生以降全部クラスが一緒でしたね。もしかしたらそういう配慮ではないけど、学校側はしてくれていたのかなという気はしないでもないですね、今思うと。あと、2年生の最初に海外にルーツがある子が転入してきて、その子ともそれ以降ずっと一緒のクラスだったりとか。他の海外にルーツがある子とも何回か同じクラスになったりとかして。みんなと同じクラスになってたりしたんで、もしかしたら先生側の配慮とかもあったりしたのかなと、今考えて思ったりします。


――小学校ではそういうルーツについての話みたいなのは、お互いしたりしたんですかね?


いや、全然ないです。その子はその子っていう認識だったので。たまたま最近小中の海外ルーツの同級生たちの子と会う機会があったんですけど、「あのときルーツのこと全然考えてなかったよね」みたいなのはみんなで言ったりしてましたね。やっぱり自我が芽生えてきた時に「あ、そういうルーツの子が他にもいたな」みたいな感じで思い出すことの方が多いので、小学校の時は別に何にもなかったです。もしかしたら周りは思ってたのかもしれないけど、私がちょっと、我が強すぎて言い返せなかったっていうのはあるかもしれません。ただ、ちょっとした発言とかで、「どうなんだろう」「自分って違うのかな」って思い始めたりとかはありましたね。


初めてのお泊まりみたいな機会があって、冒険活動教室っていうのが小学校4年生の時にあって、初めて親と離れて家族じゃないクラスメイトと一泊するっていうのがあったんですけど、私は髪質的に子どものことからずっとカールで、自分でヘアケアっていうのができなかったので、お母さんにずっと縛ってもらってたんですよ。縛る時も、その時は専用のプロダクトとか知らなかったので、水の霧吹きを使ったり、クシも何個かあったり、結構大変で。自分でできなかったので、お母さんにきつく三つ編みで編み込んでもらって、寝てもぐちゃぐちゃにならないようにってやってもらったんですよ。それで、その日は洗えないじゃないですか、自分で洗ってしまったらまた縛れなかったので。それで洗わなかったら、「え、なんで洗わないの?」って言われて、答えられないじゃないですか。多分、洗わない理由を言うと「汚い」って言われそうだなって。次の日とかも、寝た後なので耳の上あたりからやっぱり産毛が飛び出たりとかするので、周りから「昨日のほうが綺麗だった」みたいなことを言われた時に、すごいショックで。その時から自分でも髪の毛を縛れるようにしないといけないっていうプレッシャーじゃないですけど、髪の毛をおろせない、おろしたら汚い、っていう風に、「昨日の方が綺麗だった」って言われるぐらいなので、「汚いな」って言うふうに思われたくないし、私は違ったんですけど、友達と毎日髪の毛洗ってるって言う話をしたこともあって、なんか自分はみんなと違うのかなって思ったっていうのが4年生のときにありました。


私それまでずっと三つ編みとか編み込みをお母さんにやってもらってたんですけど、それ以降はポニーテールとかで縛って、横をジェルで固めるみたいな、ピッタとさせて、髪の毛のクリクリが見えないように意識してた気がします。それの延長で、中学校もずっとお団子ヘアで、ジェルで固めてました。カールが出ないようにピンつけたり、そういうのはすごい意識してました。誰に言われたとかはないですけど、そういうので自分で勝手に意識するようになって。そこから三つ編みとかもしてなかったですし、髪の毛下ろすなんで一回もやったことなかったです。高校三年生の時に髪の毛がめちゃくちゃ長くなった時に、重みでカールがゆるくなって、ウェーブっぽくなってたときは二、三回とかしか下ろしたことなくて。ないですね。ボサボサだって言われるのが嫌だったので。家族もストレートの髪質の方が多いので、ちょっとクリクリがでちゃうと、「ボサボサだよ」って言われたりしてたので、そういう家族からのもあったし、他人からのもあったしっていうので。結構、お母さんがヘアアレンジしてくれる人だったので、「ナオミちゃん、髪の毛きれいだよ」って言われることあるんですけど、自分でやってるわけではないので、自分でアレンジしてどう思われるのかなっていうのは気にしてたかもしれないです。


――ヘアケア商品でも、ミックスじゃなくても髪の毛カールしてる人もいると思うんですけど、なんかストレートヘア前提の商品ばかりですよね…


全部、さらさら、つやつやみたいな。CMでもなんとなく、髪をなびかせてさらさら…みたいなイメージじゃないですか。そういうのをイメージして、でも自分はそうならなくて、お母さんにあたったりとかしたことも覚えてます。ポニーテールにしてもどうしても扇型になっちゃったりするんですよね、まっすぐ下におりなくて。お母さんは「それがいいからポニーテールやってほしい」って言ってくれるんですけど、私はバサってなるのが嫌で、いつも巻いてお団子にしてもらうみたいなのはあったりとかしました。やっぱりどうしても、お母さんがいいと思っても、学校に行くのは私なんだからっていう思いがあって、そこがやっぱり…。周りにもいなかったので。「クセっ毛」って言われるじゃないですか、「カール」って言われなくて。それが嫌で。「クセっ毛」か「ボサボサ」みたいな、ネガティブにしかとらえられないような言葉しかなくて、そういうので友達もクセ毛でストレートパーマかけてるような子もいたので、それもちょっと悲しかったり…。「縮毛矯正」って言うじゃないですか、矯正するものなのかな、ってそれが受け入れられない感じがありました。



でも小学生のころは髪の毛を気にしてたっていうの以外にほんとに特になくて。それ以降は全部中学校とか高校で言われ始めたっていうのがあったので、小学生のころは本当になかったんですよ。自分が自分っていうのは認識してたし、自分のお父さんがアフリカ人でお母さんがアジア人でっていうのも認識してましたし、みんなの家族も認識してましたし、そういう海外にルーツがある子っていうよりは、家が片親だったのでそっちのほうがコンプレックスみたいなのは強かったんですよね。


中学校になってから容姿的な、肌の色とかでなんか違うなっていうのを感じたりし始めたのはあって、それまで意識していなかったのをすごい意識させられるっていうのが始まって、それに対して「なんで?」っていう思いが強くなっていった気がします。中学校も地元の公立校で、同じ小学校からの子たちからはそういうことはなかったんですけど、初めて中学校から同じになった子たちから言われたりとか、部活でバレーボール部に入ってたんですけど、そういうので違う対応をとられたりとかっていうのはあって。


中学校三年生のとき、私一組で、廊下の一番端っこの教室だったんですよ。そこに行くまで他のクラスの前を通らなきゃいけなくて、例えば体育の授業の終わりとか、給食の時間とか、どうしてもその他のクラスの前を通らなきゃ自分のクラスに戻れなくて。でも、そのクラスを通る時に、学年の問題児たちが、ドアの付近に立ってたりすると、絶対っていう確率でアフリカ人とか海外の黒人の陸上選手、その時に流行ってるような黒人タレントとかの名前を私が通る時にずっーっと言ってくるっていうのがあって。言われることが嫌っていうよりも、それを周りに聞かれるのがすごく嫌で、私の場合は。選手の名前を言われても、まず違うし、ってなるんですけど、それをいったところでわからないし。それを言われている自分っていうのを見られたり聞かれたりするのがすごく嫌で。そういう理由もあって、自分のクラスから用がない限り絶対に出ない、みたいになりました。毎回言われるとも限らないんですが、男の子たちだったんですけど彼らの気分次第で私が言われたり言われなかったり。いつ言われるかがわからない分、極力クラスから出ないようにしようっていうのはあったりしました。


そのくらいからですかね、年上とか大人がすごい嫌になっちゃったんですよ。なぜか私の外見に対していつもグチグチ言ってくるのは年上っていう感じがあって。上の学年じゃなくて、自分の学年、クラスが一番みたいな。そういうどんどん狭い世界に自分から入っていったのの始まりだったと思います、中学校時代は。他学年は怖いじゃないですけど、仲良くなれないっていうのがあったので。


高校生の時、テニス部のクラスメイトが、他の子たちから「日に焼けたねー」って話をしてると、「ナオミちゃんとどっちが焼けてる?」って比べられる対象に勝手にさせられるというのが。私、バレーボールの時は室内だったし、やめてから二、三年生のときも何もやってなかったので。外に出る競技の人間じゃなかったのに、比べられるのが私の肌の色っていうのが、どうなんだろうって。比べたところで…。そういうのは日焼けした人同士でやればいいのに、なんで私を…。「ナオミちゃんちょっと来てよ」って言われて行ったら、「腕出して」みたいに言われて、何?って思いつつ腕出したら、「うん、私の色はまだ大丈夫」みたいなこと言われて。「でも、●●ちゃんのほうが焼けてるねー」みたいな話をしてて。なに?って思って。なんでだろう、なんで私がここで比べられなきゃいけないんだろう、みたいな、そういう体験はありました。


私の場合、高校生の時が一番、学校でいろいろ言われる経験のオンパレードみたいな感じだったので。それこそ、私立の女子校だったんですけど、私立だったので県内も県外からもいろんな人が来ていたんですけど、そういうなかでいろんな人がいるはずなんですけど、「外国人はALTの先生以外見たことない」っていうような人が結構多くて。私の場合は逆にそれを聞いてびっくりして、私の小学校も中学校も帰国子女もいたし海外に行く人もいたし、海外にルーツのある人もいたから、そういう人がクラスに絶対いる環境で育ってきたので、高校になってそういうひとを見たことがないことがある人を初めて知る、みたいに逆に驚きました。


私は部活の特待で高校に行ったんですけど、入学する前の練習の時に、部活の顧問の先生に顧問室に呼び出されて、なんだと思ったら、その時の私の2個上の先輩で新体操部に入ってた先輩がいたんですけど、その先輩が日本とアフリカのルーツの人だったんですね。その人に会わされて、「お互いメールアドレスを交換しろ」って言われて。え、なんで?と思って。まず部活も違うし、知らない人だし、これから関わらないと思うんだけど、って思って。その先輩も後々聞いたら、「たしかにあれ謎だったよね」って言われたんですけど、その場ではメールアドレスを交換して、先生は「こいつが●●だから、よろしく。入学してなんかあったら、これからはこいつに連絡して。いいやつだから」みたいに言われて。え、はい、みたいな。結局話すことはなかったんですけど、そういうことを顧問の先生にさせられて。大人になってから会う機会があったんですけど、その先生から「今まで海外にルーツがあることで辛い経験したよな」って私が言ってもいないのに言われたことがあって、だからあの時同じアフリカのルーツっていう理由だけでつなげさせられたのかな、っていうのはいま思うんですけど。そういう人生ではなかったっていうのもあって。勝手に決めつけられるじゃないですけど、そういうのが結構多かったですね。普通、ないじゃないですかそういうの。「同じ市の出身だから、こいつと会え」みたいなのないじゃないですか。全然知らない人なのに。人脈が広がったっていう意味では嬉しいかもしれないですけど、その時の私にとっての上の学年っていうのは敵だったので。先輩を紹介されても、絶対に行きません、みたいな感じで。


それに、その部活内の子たちが、それこそ海外にルーツがある人なんて見たことないみたいな感じで。発言とかも、保育園でもされたことないぐらい衝撃的な事を言われることが結構多かったりしましたね。すごい覚えてるんですけど、お母さんに言ったらすごいブチギレちゃったことがあるんですけど。私がちょうど高校一年生ぐらいの頃に、iPhone5が発売されたんですよ。その頃ってまだ色が二種類しかなくて、白と黒しかなくて。先輩たちもiPhoneみんな持ってたんですけど、結構みんな白を買っていて。私は個人的に黒の方がいいなと思って、黒に変えたんですよ。そしたら、部室で今でも覚えてるんですけど、同じ同学年の同級生たちと携帯変えたみたいな感じで見せてたら、すごい笑われたんですよ。なんで笑ってるのかなって思ったら、その中の一人が、「え、だって肌の色が黒いからiPhone黒にしたんでしょ?」って言われて。それがすごい、衝撃的で。なんでそこが結びつくんだろうって思って。すごい謎で。なんでそれを言えるんだろうって、なんでなんだろう、この人たちは?って。そういうのがあって。それをお母さんに言ったら、すごい怒りになっちゃって。学校に言いに行こうかってなって。私は「なんでなんだろう?」って気持ちだったんですけど、お母さんの反応を見てから、その人たちはなんか変だったのかったのかなって思うようになって。他に肌の色に関してそういうのがあるたびに、その過去を思い出しちゃったりしますね。


保育園の話に戻っちゃいますけど、よく聞いたことあるかもしれないですけど、絵を描く時にクレヨンとかクーピーとかに「肌色」とかって書いてあるじゃないですか、あれが私が使ってたやつには「ペールオレンジ」ってあって、そこで肌色って言わずにペールオレンジっていつも言うようになったっていうのはすごい覚えてます。だから、肌の色とか、無意識的にやっぱり感じ取ってて。「肌色」っていうクレヨンをみたときに、私の、自分の肌の色ではないなっていうのはすごい思ってたりしてたので。ペールオレンジって、すごいいい言葉みたいな、大好きな色の名前になったのは覚えてます。


iPhoneの時は、なんで笑ってるんだろう、っていうのを、すごい思い出しますね。

部活動の顧問の先生には、「あいつには、力を入れてる」みたいなことをみんなの前で言われたりだとか。何回も言われたのが、「ポテンシャルがあるから、それを伸ばしたい」みたいなことは言ってくれてたんですけど、どうしてもアフリカルーツがあるから、私を有名にさせたい、みたいな。そういうのが先生の中であったのかなっていうのはすごく感じて、みんなの前でも「あいつは違うものがある」みたいなことを言われちゃって。そういうのもあって、生きづらい、生活しづらい環境だったかなと…。


――ただでさえ周囲からの目線があるのに、先生が余計に際立たせてくるみたいな…。


最後の一手を先生が打ってくるっていう感じですよね。そういうのでもう、逃げ場がないじゃないですか。だからもう、同学年からはそういう対象で見られるし…。髪の毛とかもすっごい触られたりとかするんですよ。ストレートだったら触らないはずなのに、なんで私の髪を触るんだろうって。触ってくる腕を何度も振り払ったこともありますし。本当に、何回もやめてって言ってるのに続けられたりとかもありましたし、すごかったです。相手チームからもすごい見られたりとか。圧を感じてたので。どうしても努力で頑張ってるはずなのに、そこを見てくれてた人っていうのがスポーツに関してはほとんどいなくって。そこは本当に、頑張る意味ってなんだろう、みたいなのは思ったりはしてましたね。だから、多分、私自身が評価されるんじゃなくて、私のアフリカのルーツが評価されてるんだなっていうのは、後々感じます。


それこそだんだん一人の世界みたいなのに入っていっちゃって。チームと呼べない人たち、仲間と呼べない人たちみたいな環境に一年間いたので、そういうのも原因で体も壊れましたし、心も壊れました。本当に、その時の記憶がないんですよ、いま。覚えてないことが多くて。同級生もなかなか会わないんですけど、その時のことを話しても、ピンとこないというか。小学校の記憶の方が、高校の記憶よりも多くあったりするので。相当自分にとってストレスな期間だったんのかなって、今思いますね。


――髪の毛触ってくるのとかも、なんなんでしょうかね…。


今でもありますよ。今日もアルバイト先を辞めたのでその挨拶にいったときに、パートさんに「わー髪型変えたんだね」って触られて、えっていう…。大学とかでも、ちょっと髪を下ろすようになったんですけど、そういう時とかも、パッとなんの疑いもなしに触ってきたりするので。本当に触られるのが嫌だから触らないで、って何回も言っても、その人がまた触ってきたりするので。なんでわかんないんだろうって。もし、私の腕が骨折してたら掴まないよね、って思うんですけど。嫌なことはおんなじで。別に痛くはないけど、心にあとでくるから。心の痛みは誰も見てくれないなっていうのは。メンタルヘルスのこととかそうかもしれないですけど、どうしてそういうのわからないんだろうなって思いますね。もしかしたら私も誰かにやってるかもしれないんですけど、でも、できるだけそういうことがないようにって言葉を選んだりとかしてるつもりではあるので。言葉を選んでる人って、選んでるっていうのがわかるじゃないですか。


――そうですね、たしかに。


でも、そう受け取れない人っていうのが結構多いなっていうのが。ポンポンって、思いついたこと全部すぐ言っちゃう人がいっぱいいるなあっていうのを感じますね、常に。私はわりと感情的にすぐになっちゃうタイプなので、しょうがないねって感じになれない人なので、言われたら「なんで?おかしい」「なんでそうなるの?」ってすぐにスイッチが入っちゃうので、私の場合は。まぁ、そういうので離れていった人っていうのもいっぱいいたと思います。


――言葉で「それって変じゃない?」って言ったりもするんですか?


言いたい気持ちはあるんですけど、なかなか言えないですね。私が一番長く働いてたところが、インド料理屋さんなんですけど、他にもアルバイトはいろいろ経験してたんですけど、特にそこが酷かったというか、日本の縮図みたいな場所で、いろんな問題で溢れてるみたいな感じだったんですけど。


最初はいろいろ言われたら、全部答えちゃったりしてたんですよ。「どこの人ですか?」って言われたら、「いや、日本人ですよ。地元もここで、高校も近いんです」って自分から先に言うみたいなのがあったんですけど。それって私ばっかり自分のことを出して、見せ物みたいになってないかな、って思った時に、すごく嫌な気持ちになって。なんで知らない人に自分を全部出さなきゃいけないんだろうなって思って。しかも相手の勝手な疑問を解消させる人になってるじゃないですか、そんなの気持ち悪いと思って。そう思ってからは、聞かれたことに聞かれたことのみしか言わないみたいな。どんどん相手のはてなが増えてくみたいな、そういうふうにはなりました。「日本語上手ですね」って言われたら、「あ、ありがとうございます」って、それで終わりみたいな。そこから話題を広げさせないようにそこで止めておく。「どこ出身ですか?」「日本です」。そこで「え?」とかってなっても、「失礼します」ってもうその場を去ったりとか。その先を広げないように、みたいな。


――聞かれるのは、お客さんとかからなんですか?


お客さんもありますし、同じパートさんとかにも。この間あったのは、私の知らないパートさんがいて、その人がシフトを提出するときに来たんですよ。その人の娘さんも一緒にいらして、6歳ぐらいの子だったんですけど。そしたら、私のこと知ってるパートさんが、「○○ちゃん、ほら、外人さんだよ」って私のことを紹介して、え!ってなって。もはやどこから突っ込んでいいのかもわからないし、そういうの日常茶飯事だったし。あるお客さんが来店した時も、私は全然気づいてなかったんですけど、その同じパートさんに、「●番のお客さん、なんかナオミちゃんと同じニオイがする」って言われて…。「どういう意味ですか?」って聞いたら、「多分ねー、どこかのハーフだと思うんだよ」とか言われて。それを私に言って、なに?って感じだし。その報告、別にいらないし。「同じニオイ」ってなに?って、本当思いました。


別の人とかだと、「え、ナオミちゃんって、純粋な日本人ではあるの?」みたいな質問をされて。私も、その人がどういうつもりで言ってるのかもわからなくて、私も嫌味で「受精した時から日本です」って答えたら、「えー、面白いこと言うね」みたいに言われて。あー、もう怖いって思って。そういうのもなんか、いろいろ自分で勉強したり、自分の感じ方について考えるようになったから、流せるようになったというか。そういう皮肉っぽいので返えせたりできるようになりましたけど。でも、高校生ぐらいの時は聞かれるがまま、全部自分を出してたし。言われても、それがおかしい、っていう認識もなくて。自分はこうだから、聞かれる対象でもしょうがないって理解してたかなっていうのはありますね。


大学とかで通学で電車を使うようになったんですけど、隣に知らない人が座って、おじいさんだったんですけど、英語で話しかけられて。おぉ、と思って。英語でくるなら、英語で答えようと思って、ずっと英語で答えてたんですよ。「お仕事ですか?」って言われて、「いや学生です」って答えて。「何勉強してるんですか?」って言われて、「国際関係学を勉強してます」って。「どこ出身ですか?」って言われて、「日本です」って答えたら、「おぉ!」ってなって。「すみません」ってなって。私の場合は、私が変な人間なので、そういう質問をされて、「あ、これが世に言う“ハーフあるある”だ」と思って。ほんとにその人は英語を練習したかったっていう理由で私に話しかけたんですけど、見た目で英語でっていうのじゃないですか。だから、その人は日本語でずっとお喋りとかしてたんで、悪い気はしなかったんですけど、私もおしゃべり好きなので、知らない人と話すのは好きなんで。でも、そういう理由だけでしか話しかけてくれなかった、っていうのを考えたら悲しいな、っていうのを思ったりもしました。


英語で話しかけられるっていうのは多いですし。メニューとかも最初っから英語を見せられたり。私ってもともと優柔不断なので、決めるのが早くないんですよ。メニューの前で悩んでたりすると、英語のをパッと渡されたりして、いや、もっと悩む、みたいな(笑)。病院とか行って、問診票とかを書いてる時も、単純にいろんな動作が遅い人間なんですよ、私自身が。そしたら、読むのに時間がかかってる人なのかと思われたのか、書いてある質問を一個一個説明されたりだとか、そういう経験も多いですね。なめられるというわけじゃないんですけど、そんなふうに感じるじゃないですか。ほんとにわからなかったら自分から言うし、お願いしますってなってからやればいいのに、っていうのは。日本のおもてなしって、どうしても相手が言う前に揃えてあげる、とかやってあげるっていうのが良いとされてると思うんですけど。こんなオプションがありますっていうことをお知らせしてくれてるだけでありがたいですっていうのは思いますね。それを断るのもなかなか…。特に日本社会に住んでたりすると、「あ、これが親切からくるものなんだな、だから私が受け取ってあげないとこの人の優しさが無駄になってしまう」と察してしまう自分もいやになって…。


――そもそも最初の時点で見た目で判断しちゃってる、その判断による行動が間違っちゃってるわけですもんね…。


それをやめて、とも言いにくいけど…実際やだなとか思ってたりしますね。お店の人とか、明らかに私を日本人と思ってないから、最初からタメ口だよね、っていうのもあったりするので。タメ口でこられたら、私もタメ口で返すんですよ、そういう時は。なんか、やだなと思って。話してるとだんだん、それで仲良くなってるような気もしなくもないし。でも、もっと公的な場面…、例えば郵便局とか、役所とかでそういうタメ口の対応っていうのもあって、すごく不愉快になりますね。どうしても、外見を見て、タメ口になるっていう。あれ、すごくいやですね。学生とかでもそうなんですけど、年上の留学生とかにもタメ口で話してたり。私も年齢で敬うべきっていうことを肯定する派ではないんですけど、明らかに外国人だからっていう理由でタメ口になるのは、見ててちょっとなと思いますよね。そこに疑問が生まれないのは変だと思うし、それが社会に出てからも年齢的に下だったり、お客さんという立場の人に対して、タメ口になるっていうのもおかしいと思うし。


――大学に入ったときの経験とか、受験するきっかけとかはどうですかね?


高校生の時は、今すぐにでもこの環境から出たいっていうのがありました。あと、もともと留学したいという思いと、英語に対するコンプレックスみたいなものもあって、そういうのを払拭しようと思って。海外でワーキングホリデーとかに行こうとも思ったんですけど、やっぱりある程度ベースもないといきなり海外に行ってもどうしようもないかなと思ったりもして大学進学を決めました。私と同じ学年の女の子で、一年間アメリカに行くプログラムに入って。私は結局留学はしなかったんですけど。でも、ある時その女の子と喋ってたんですけど、そしたら急になんの前触れもなく、「てか、ナオミがしゃべってると吹き替えみたいだよね」って言われて…、え!って思って。でも、この人がアメリカにこれから行くって思うと、これから日本の代表として周りからみられるような環境に行くっていうのを思うと、すごくなんか許せなくて…。日本のイメージが悪くなっちゃうというか…。国際的な大学に来てる人が全員、国際的な考え方を持ってると思ったら大間違いだなと思って。それは結構悲しかったっていうのはあります。留学から帰ってきた後とかも、「いっぱい外国人いたよ!」とか言ってて、いや、海外に行ったらあなたがその国では外国人なんだよって、自分が外国人であることも気づかずに海外に行くなんて…。恥ずかしいと思って。怒りで震えるみたいな…。


でもまあ大学の時はあんまりなかったんですけど、最近こう、いろいろコロナで考えたくなくても考える時間があったりするのでいろいろ考えてるんですけど。お母さんは日本で生まれて日本で育って日本の人なので、どうしても意識しないと、自分の考えをオンにしないと、私たちの方には寄り添ってくれないんですよね。本人は、考えてるよっていうんですけど、言葉の中には…。


私自身、「ハーフ」っていう言葉はすごい嫌いで、お父さんに言われたのは、「ハーフは半分だから、一人の人間じゃないっていうふうに感じるから、その言葉は差別の言葉だ」みたいなことを言ってたっていうのをお母さんから聞いた後は、すごく嫌いな言葉になって、私の中で。でも、学生になっても、大人になっても、社会もメディアでも、私みたいな人を「ハーフ」っていう言葉に閉じ込めようとするじゃないですか。それが本当にいやで。それを嫌っていうのを、なかなか言える環境じゃないなっていうのが、お母さんといても思いますし、祖父母と話してても、言われたくないっていってもなかなか理解してもらえないというところがあって。それで、お母さんにどうやったらこの気持ちが伝わるかなって思って考えたんですけど、例えば、自分が川辺ですって自己紹介したときに、「え、すごい鈴木みたいだね」って言われて、「いや、川辺です」っていっても、「いや、鈴木っぽいから鈴木って言うね」って言われてずっと「鈴木」って呼ばれてるのいやじゃない?って言ったことはあります。それを言ったら、その後からはすこし考えてくれるようになってはいます。家族に対してもそうだから、他の人とかに対しても、いや違うよ、ってはなかなか…。一回だけの人とか初対面の人とかに対してはなかなか勇気がいりすぎるので、それに力負けして疲れてしまう、みたいな。


高校から大学になるっていうときに、おしゃれができるっていうのがあったんですけど、私の場合、肌の色が東アジア系ではないので、褐色のファンデーションが必要になるんですけど、どうしてもそれがなくて、あったとしてもデパートコスメの値段が高いやつだったりして、高校卒業したてで買えないじゃないですか。だから、そういうので結構悩んで、何種類も色を混ぜて使う、それでも色が明るすぎるから、お母さんからも「すごい顔白いよ」っていわれちゃって。まず、選択肢にすら入ってないっていう、お店に行ってもないっていうのがわかってるから最初から行かないっていうようにもなりますし。大学入って、早々、ファンデーション使うの諦めて。メイクする人特有の問題だと思うんですけど。


――フェンティビューティーみたいにどんな肌の色でも揃えてます、ってなってればいいですけどね。


ほんとに、あれは初めて見たとき興奮しました。その場でご飯三杯食べれるみたいな、それぐらいうれしかったです。それでもMACとかイブサンローランとかそういう海外ブランドとかのコスメとかを海外で見つけて、自分の肌の色にあう番号とかを覚えて、日本に帰ってきたら、その番号から日本では売られてないっていうのがあったり…。洋服とかもそうですけど、体型とかほんとにいろんな人がいるのに、そこに合わせてもらえてないというか、社会にいるのに、ないとされてしまってるところが。違う自分にはなれるけど、自分自身にはなれないじゃないですか。それがすごく感じる社会だなっていうのは、高校生ぐらいから思ってました。やりたいことがない、みたいな。やりたいのにやれる環境がない、やってる人もいない、だからそう思ってしまう自分も普通じゃないよね、みたいな。王道じゃないよね、みたいなことを、思ってましたね。選択権がないことにたいしてすごくコンプレックスに感じてた時期がありましたね。


――さっきも少し聞きましたが、バイトとかお仕事とかの経験についてはどうですか?


インド料理屋さんでは、テーブルに行った時に、「え、お姉さんハーフですか?」って言われて、「まぁ、そんな感じです」って答えたら、「え、アメリカですか?」みたいな、国当てゲームみたいになったり。答えたりはしないですけど、「アメリカじゃないですよ」って終わりにしたりしますけど。海外にルーツがある子どもがいて、夫が外国人で、っていう人でもたまに、「娘がそうなんですよ」っていう謎の報告を得たりとか、外国のお客さんから、「お姉さん、日本人ではないよね」って言われたりとか、「ん?日本人ですけど」っていうと、「でもハーフでしょ?」みたいな感じで言われたりとか。ハーフと日本人はそもそも違うの?って思いますし。そういうこともありました、いっぱい。パートさんとかかからも、「きょうだいいるの?」とかって聞かれて、「あ、妹がいます」っていうと、「お父さんどっちもつながってる同じ姉妹なの?」って言われたりとか。もう、「え?」としか言えないというか…。その人、海外に留学してたっていう人なんですけど、やっぱり留学してたとか関係ないなっていうのはすごく思いますね…。


インド料理屋さんで働いてた18歳の時に、女性のお客さんだったんですけど、スーツをきてて、その方から、「お姉さん、日本語お上手ですね」「いつから日本にいるんですか」みたいに立て続けに言われて、「あ、日本人なので」って言ったら、「え、旦那さんが日本人なんですか?」って言われて…、え、結婚もしてないし、まだ18だしみたいな、この時点でいろいろ一人でパニックみたいになってたんですけど、そのあと何を私が言ったか覚えてないんですけど、それがすごい衝撃的で。私の名札とかも見てたんですけど、この外見で、日本の苗字っていうのはあり得ないと思ったのか、日本人の旦那と結婚した人と思われて。そこにはさらに、結婚したら女性は夫の姓にあわせるのが当然という意識も重なった結果としてそういうことを言われたんだと思うんですよね。「親の名前です」って言ったりしたと思うんですけど、そんな外見から言わなくてもいいよなって思って。


ただ一回よかったのが、私とパートさんがレジに入ってた時にきたお客さんに、「お姉さんは何人ですか?日本人ですか?」みたいな感じで聞かれた時に、私そのときプチンってきちゃったんですけど、そのパートさんが私のことを、「いや、ナオミちゃんはスーパーモデルなんです」っていうふうに答えた時があったんです。その時に、心がスーってなって。そしたらそのお客さんも、「あぁ〜!」みたいな感じになって、「そうなんですか?」みたいな感じになって、「また来てくださいねー!」って流して帰っていったんですけど。相手もデリカシーがない人というか、相手の立場を考えずに発言する人に対して、私もムキになるエネルギーはもったいないなと思って。そういうふうに、嘘じゃないかもしれないぐらいの、抽象的なことで答えるみたいなことは、楽かなぁっていうのはそれを聞いて思いました。そして、自分自身で言わなかったっていうのもあって。他の人が言ってくれたのが、気持ちを持ち直すポイントになったところもありました。


それ以外にも外見で色々言われましたね。インド料理屋だったので、「インドのどこから来たの?」って言われるとか…。そういう人って、自分はインド料理詳しいんだぞっていう感じの人で、自信をもって聞いてくるんですよ。そういうのを聞いて、「いや、違いますよ」っていうと、「あれ、おかしいな」って、いや、おかしくないよって(笑)。そういうふうに言われたりとか多かったです。


私はミドルネームとかなかったんですけど、「なんでないの?」とかって言われたり。ミドルネームがない国もたくさんあるのに。「ナオミ」っていう名前も、ガーナの名前なんですけど。そういうのを知らずに、まぁ知らない人がほとんどですけど、「全部日本の名前なんだね」とかって言われると、結構傷つきます。やっぱり自分のルーツだし。自分自身に対する批判だったら大丈夫だけど、名前は家族にも関係する問題だから。家族も含まれるじゃないですか、自分だけじゃないから。そうすると両親の顔も出てくるし、妹、おじいちゃんおばあちゃんの顔も出てくるし、そっちまで否定されたような気持ちになるから、名前にたいして色々いうのは本当にダメって思います。日本語だと、「いじる」っていうじゃないですか。名前に関しては、確実に「いじり」ではないし、確実に嫌がらせの域に入ってるっていうのは思ってしまいますね。名前っていうのは家族にも関係する繊細なことなのに、そこを勝手に相手の妄想で決めつけられるのは、やっぱり悲しいですね。次の日まで持ち越しちゃうよな、この気持ちみたいな。そういうことをシフトの最初とかに言われちゃうと、その日一日、笑顔とか振りまけないじゃないですか。この環境を選んで働いてるのは私だから、私に非があるのかなって思ってしまったりとかしたときもありました…。


――決めつけられちゃうっていうのはありますよね…。


なんか、「いじめられたことないの?」とか言われたこともあって、なんでってなるじゃないですか。それこそ、海外のルーツじゃなくても、いじめの経験してる人だってたくさんいるし、もしそういう経験があったとしても、そんな聞き方されて、「あるよ」って答える人いないと思うんですよ。そんな、「今日の天気は晴れだね」みたいなテンションで話す話題ではないし、それこそ親のルーツを聞いてくるっていうことも、違う話題に転換して考えたら、すごく不自然な会話の運び方だなって気づけるはずなのに、それがどうしても海外にルーツがある人に対しては、そのハードルがなくいろいろ聞いてくるっていうのがおかしいなって思いますね。


だから、そういうこと聞かれたら、私も同じこと相手に聞き返そうかなって思ったりします。海外にルーツがある人以外だったら、そんな質問いきなりはしないですよね、って相手もわかると思うんです。海外の人にも聞かれたりするので、日本特有ではないんだなっては思うんですけど。日本だとその割合が格段に高くなるのは実感しています。


ルーツについて聞き出されるっていうこと自体が不愉快なので、そういうことをやめてください、っていうのは、特に大学の時はそういう質問が多かったので、気になりました。そういう話って、自分がしたいときにするし、そういう話をしたい相手にしたいし、話題がないから言っとこうみたいな話でもないし。ゼミの先生が海外にルーツがある人とかを研究してたりする先生だったんですけど、わかるんですよ、その先生の気持ちも。「自分はフラットに見てるから、差別みたいな目で見てるつもりはない」っていう感じの人なんですけど、後輩とかに私を会わせたりするときに、私より先に私のルーツとかを言うんですよ、みんなの前で。それはちょっとやめてほしいな、っていうのがあって。私より先には言わないでっていうのもあるし。「ナオミちゃんはこうだから、フラットに見てね」ってそういうふうに伝えてるのも、なんか…。そういうのが大学では多かった気がします。「私はフラットだから、あなたのことを何にも思わないよ」、みたいなのが伝わるっていう…。国際関係の授業とかでも、私が履修してない授業で、「今日授業でナオミちゃんのこと紹介したよ」って、えー、一体何を言ったの?みたいな。多分私のルーツを色々喋ったんだろうなっていうのは感じましたね。その人の授業を初めてとった時も、「外国の方は、あなたの国の何かを教えてください」っていうことを言われて、一番最初に私が指されたんですよ。「私、日本です」っていったら、授業終わりに「ほんとにごめんなさい」って言われたっていうのはあったんですけど、結局は外見からどこの人なのか判断してるみたいな。


家でも言われたりはしますね。おばあちゃんからも、「日本語上手だね」って言われたり、私がきた洋服をみて「あ、それは日本人は着れないわ」って言われたりとか。私も毎回そういうこと言われたら言い返すんですよ。「私は日本人だし、この服は日本で買ってるから日本人が買って着れる洋服だよ」っていうと、「それでも日本人は選ばない」って言われたりするんですよ。一回おばあちゃんに言ったことあるのは、「せめて自分の孫がそういうルーツがあるわけだから、もう少し勉強して」って言ったことはあるんですけど。やっぱり、ポロポロって出てきちゃう言葉ってありますよね。


お母さんは、私と似ててわりと熱が入っちゃうタイプなんですけど、例えば私が生まれた時に病院で私を抱っこしてたら、他のお母さんから「その子、本当に自分の子どもだっていう実感はあるんですか?」って言われて、それに対してお母さんも、は?ってなって、「いや、この子、私の子ですけど。私が産みましたけど」って実際に言ったみたいです。お母さんはお母さんなりの苦労があったんだろうなって思うんですけど、それでもたまに発言となにはわかってないって思う時はあったりとか。自信持ってとか、素敵だよ、とか行ってくれるんですけど、どこかちょっと無責任なところを感じてしまって、私が。それはちょっと私が捻くれてるんですけど…。家族でもいろいろ言われることはあるし、むしろ家族の方が言える対象ではあるじゃないですか、だからそういうのでどうしても言われちゃって、けんかっぽくなって、っていうのはあったりしますね。


あと、ずっと出たいと思ってた、街頭インタビューのテレビに取材された時があって、その時は「どこ出身ですか?」って言われて、普通に「栃木県です」って言ったんですよ。その時は何にも言われなくて。でも放送時にそれを見ていたら、「どこ出身ですか?」の質問の後にテロップで、「留学生と思いきや…」っていう文字が入ってたんですよ。それで、「栃木県」って私が答えて、スタジオが爆笑みたいな。その時は普通に私もそれを見て笑ってしまったんですよ。でも、それを後々考えてみたら、編集って恐ろしいな、って思って。私が言ってなくても、外見で目をつけられたものをテロップで出されてしまうことで、より強調されてしまうじゃないですか。私は国際メディア学科というところで勉強していたこともあって、こういうテロップによって特別に受け取られてしまうきっかけを作ってるなと思って、すごく怖いなって思いました。その時に自分も何も考えずに笑ってたから、そうじゃない人で普通にテレビつけてみてた人は私のように笑ってる人が大半だよな、と思って。そのことにすら気づかずに、笑ってその場が終わってみたいな。やっぱりおかしいよな、って、やっぱり気づいてからそう思って。「違うもの」にしようとする映し方というか。メディアのイメージってすごく強いし、何も考えなくても勝手に入ってくるものだから、恐ろしいなっていうのは感じますね。


――ステレオタイプを強化しちゃうことにもつながるし、笑いにしちゃうことで、そういうことが面白いことなんだっていう規範を作ることにつながっちゃいますよね…。最後に、他に伝えたいこととかありますか?


私は、教育現場に携わる人に、多様な人がいるんだっていうことを、人種的にも、セクシュアリティ的にも、宗教とか、本当に多様な人がいるんだよっていうことを知ってもらいたいっていうのは思ってて。一人一人がみんな特別で素敵な存在であるはずなので。たしかに私たちは人種的には違うかもしれないけど、私たちだけが特別なわけではないから、特別に扱って欲しいわけではなくて、普通に、というか、一人の人としてちゃんと扱ってほしいっていうか。運動神経がいい人もいれば、頭の良い人もいるし、背が高い人もいれば低い人もいるし、左利きもいれば右利きもいるし、みたいなそういうのの一個としてみてくれる社会が必要だなっていうのを思います。特別なものとしてみるのは、もう終わりにしてほしいなっていうのはすごく思います。本来、いろんな職種に就けるはずなのにどうしてもスポーツだったり、音楽だったり、そっちのクリエイティブな方には就けるけど…。銀行員だったりとか教師だったりとか法律関係だったりとか、社会を動かしてるような職業にも就けるはずなので。一人の人間として、あなたと同じように日本で生まれて育ってるんですよって。まぁそうじゃない人もいるんですけど。そこをみてほしいなっていうのは思います。



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インタビュー:下地 ローレンス吉孝

(※この記事は、書籍『「ハーフ」ってなんだろう?あなたと考えたいイメージと現実』に掲載されているインタビューのロングバージョンです。)



◆書籍情報◆


「ハーフ」ってなんだろう?あなたと考えたいイメージと現実

平凡社、4月21日発売予定

本体価格1,600円

目次

第1章「ハーフ」の問題は社会の問題なの? 

1 社会の問題として考えるってどういうこと?

2「ハーフ」の日常ってどんな感じ?

第2章それぞれの経験が複雑ってどういうこと?

第3章「ハーフ」のイメージと現実は違うの?

1「ハーフ」の歴史は日本の歴史なの? 2「ハーフ」のイメージはどうやって作られたの?

第4章「当たり前を問い直す」ってどういうこと?  

1差別ってなんだろう?  

2だれも「偏見」から逃れられないの?

第5章メンタルヘルスにどう向き合うといいの?


●各章の間に多くのインタビューを掲載しています!

●一人一人の経験、差別、社会構造と歴史、メンタルヘルス、人権など。ぜひお手に取り下さい。

出版社(平凡社)の書籍情報はこちら


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