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反響とバランスボール

最終更新: 2018年7月8日





じゅりあんです。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。


さて、先日公開したばかりの人生初コラム、

「余白と境界線、そしてHAFU TALK」ですが、

おかげさまで大勢の方にご覧いただき、そして嬉しい反響・叱咤激励まで頂いてしまい、

嬉し・恥ずかし・焦りまくりございます。みなさま、ありがとうございます。

(そんな人生初コラムはこちら→余白と境界線、そしてHAFU TALK


反響

宇宙最速の感想が「長い!」だったり、

「こんなん書くん!」と驚かれたり、

「自分が悩んできたのは余白かも…」と発見を伝えてもらったりと、

そして、ハーフや海外ルーツであることの、あえて表現するならば、「痛ましさ」に関する、さまざまな言葉をかけていただきました。

あらためて、ありがとうございます。


だからこそ、わたしたちは「お題としての、ハーフ」や「お題としての、海外ルーツ」について、そして、ハーフという「くくり」にしっくりくることも、しっくりこないことも、それこそ「痛ましさ」について考えることも、必要なのだと思います。一緒に、トライして頂ければ幸いです。

(ハーフという「くくり」についてはこちら→お題としての、ハーフ



「余白」と呼ぶもの


さて。

本日は、第1弾コラムにお寄せいただいたコメント・ご感想の1つに、お返事をしてみたいと思います。

第1弾コラムの宇宙最速のお返事が「長い」だったこともございまして、今回のコラムは、ちと短くなるよう工夫したいと思います…!笑


さて、いくつもの反響にハッとさせられたのですが、

今日はそのなかでも、うなさんのご感想をご紹介するところから始めたいと思います。


うなさんが注目してくださったのは、僕が「余白」とひとまず呼んでいるものです。

僕が余白と呼んでいるものは、人と人のあいだに漂う空間のようなものです。


「人と人の間には独特の距離感のようなもの、いわば流動的な『余白』があると思う。身近な人との距離を限りなく遠く思う時もあれば、極めて親密に感じる時もあるように。私たちはそれぞれの『私のポジション』からしか見ることも語ることもできない。そして、他者との間に漂う『余白』の前に立ちすくむこともあれば、誰かの発した『身勝手』な言葉でそれを埋めてしまうこともある」

ケイン樹里安,2017,書評「私のポジション――余白に想像力解き放つ」『琉球新報』



伸縮自在の余白をはさみこみながら、わたしたちは、それぞれのポジション(立ち位置)から、相手のことをわかろうとしたり、途方にくれたり、急に腑に落ちたり、やっぱりまるっとはわからなかったりと、一喜一憂しながら、右往左往しているのではないでしょうか。


それぞれにポジションを微調整しあいながら右往左往する人々の歩幅は、もはや1歩というより、半歩。

でも、とりあえず、半歩からでも、ゆっくりと近づくことができればいいんじゃないだろうか。

そのようなことを、初回のコラムでも、じっくり考えておりました。



バランスボール


前置きが長くなりました。

それでは、うなさんにご登場いただきます。



うなさん

〉〉

じゅりあんの言う「境界線ではない余白」って人と人の間に挟まった風船とかバランスボールみたい。緩衝材であり、無理に踏み出せば反発し、割れるかもしれない怖さもちょっぴりある。予想外の方向に弾んで周りを巻き込むことも。境界線のように自分の手で画定できないもやもや。


余白を風船やバランスボールに、たとえて下さった、うなさん。

ググっと無遠慮に近づきすぎたら、割れたり弾いたりして、人々を動揺させてしまうモノとしての、余白。


もし、余白が風船やバランスボールなのだとしたら。

少し想像を膨らませてみました。

だいたいの大きさ。どんな風に、どの方向から触れ合えば、割れたり過剰に弾いたりしないのか。

そういったことを、知識として知ってさえおけば、

人と人はうまく向き合えるのかもしれません。


たくさんの風船を束にしたり、大きなバランスボールを一箇所にならべるときに、勢いあまったら、ギチギチとイヤな音がしたり、バイーンと弾け飛んでいってしまう。

仮に、ヒトの大きさくらいある大きな風船やバランスボールがあるとしましょう。

独りではムリでも、大人2人分で、ようやく抱え合うことができるくらいの。


うなさんが言うように、いきなりギュムっと風船やバランスボールに力を加えると、風船は割れてしまう。バランスボールならどっちかがバランスを崩してしまうし、へたをすると転んでしまう。


でも、向き合う2人が、一緒に風船やバランスボールをおだやかに触れつつ持ち上げれば「ちょっと力いれすぎてへん?」「あ、ほんまに?ごめんごめん」と声を掛け合いながら、1人では行けなかった方向にだって、ゆらゆらと歩んでいけるかもしれません。


そのためには、まずは、風船、バランスボール、余白についてのさまざまな知識が必要。

必要な知識はそれだけではないかもしれません。

2人が同じ力を持っているとは限らないし、似たようなおだやかさを持っているかもわからない。


そもそも、2人は平面に立っているのではなくて、ものすごく急な山の斜面にいて、なぜだかわからないけれど、風船やバランスボールを抱え込んで立っているのかもしれません。

頂上側の1人はただ腕を回しているだけですむかもしれませんが、麓側の1人はモノがうっかり落ちないように、そして自分も転ばないように必死で気を配らないといけない。なんだったらモノを介して頂上側の1人の体重まで伝わってくる。歩くどころか、もう立っているだけでもう大変、なんて状況かもしれない。そんな時に、頂上側の1人に「ちょっと、俺もしっかり持ってるんやから、ちゃんと持って!」なんて言われたら、もう、やってられません。


もし、あなたが麓側の1人だったら、どうしますか?

もういっそのこと、風船やバランスボールをパっと手放しちゃいますか?

逆に、もう割れても弾かれてもいいや、と覚悟を決めて、思いっきり押し返しますか?

それとも「あぁ、すみません、ははは、気をつけますね」とむくむくと湧いてきた不満をおさえながら、あえて明るい声を出しますか?

それとも・・・。


うなさんが言うように、いきなりギュムっと風船やバランスボールに力を加えると、風船は割れるし、バランスボールなら弾かれてしまう。割らずに、弾かれずに、なんとかしようとすると、僕たちは、相手の状況も含めて、色んなことを、まずは知っておく必要があると思いませんか?



余白の取り方


以前、伝わる資料の作り方というセミナーを受けた際、大事なことは「余白の取り方」だと教わりました。


1枚の画用紙でも、看板でも、パワーポイントのスライドでも、文字や図や色や線を詰め込みすぎると、かえって見づらくなってしまう。資料を読む人のことを最優先で考えるなら、中身をともかく詰め込んでしまったり、強引にごちゃごちゃと文字や図や色を書き加えようとするのではなく、「余白の取り方」にこそ心を配るべきだそうです。余白をきちんと取ろうとすると、気持ちだけが突っ走って生まれた不要な文字や線や色が減らされて、読む人の目に優しく、あまり負担をかけない資料になるのだそうです。それこそが、人に伝わる、そして綺麗な資料だそうです。反対に、ごちゃごちゃと不要な装飾で飾り立てることは、読む人のことを1番配慮していないことだそうです。

(ちなみに、レクチャーは大阪市立大学で2018年に開催され、来られた講師の方は「オフィス伝わる」の方でした)


このことを手がかりに、再び、人と人の間にある風船やバランスボールについて考えてみたいと思います。


「余白を取る」ということは、「距離を置き、交わらず、無関心で、無関係で、無責任のままにほったらかしにする」ことではなく、「余白について、いったん距離をとって真摯に考える」ということではないでしょうか。自分たちが抱え込んでいる風船やバランスボール、そもそも自分たちが立っている立ち位置(ポジション)、力の入れ具合。考えるべきこと、あるいは、知識として知っておくべきことは、実はいっぱいある。そして、それを「知ったかぶり」することなく、考えて、知ろうとすること。必要ならば、考え直したり、アップデートしたりすること。このプロセスこそが、僕たちの関係を取り持つ、うなさんのいう「緩衝材」となるのかもしれません。


コミュ力(コミュニケーション能力)の高さがやけに求められるこの社会が、どうにも息苦しく感じるのは、「余白の取り方」のヒントが見つかるような機会や場所が足りていないからかものかもしれません。


「だからこそ、僕たちはHAFU TALKをはじめました」


だなんて、コンテンツ増殖中の現段階では、まだまだ言えないかも知れないけれど、近いうちにそう言えるようになれたらいいな、と思っています。


実は僕たちは、余白も、余白の取り方も、よくわかっていないのではないでしょうか。

せめて、それを知るヒントさえあれば。これからの、誰かにとっての何かが、決定的に変わってくるのかも。


もし、昔の自分に、そのヒントを渡すことができたのなら。

もし、身近なあの人に、そのヒントが届いていれば。


この「もし」は想いがないと具体的に実現できません。

でも、想いだけでもムリ。

じっくりと時間をかけて、しっかりとした準備をすることも必要。


想いと準備と時間をかければ、なんとか起き上がることはできるかもしれない。

そこからグッと立ち上がり、しっかりと長く遠くまで歩んでいくためには、今度はどうしても、さらに多くの準備が必要になってきて、それを可能にするための運営資金も、集める必要が出てきます。


そこで、「もし」を実現するための第1歩を一生懸命、模索しました。


そして、このたび、僕たちはクラウド・ファンディングに挑戦することにしました。

「もし」を可能にする魅力的な情報発信や共有、イベントなどを確実に実現するために、

国内最大のクラウド・ファンディング、Ready Forさんで、挑戦をすることに致しました。

挑戦の内容はとっても大変ですが、非常にシンプルです。


6月29日(金)の午後23時までに、500,000円以上の資金を集めること。

集まらない場合は、All or Nothingで、今まで通り、完全に手弁当の状態でやっていくことになります。

この目標を達成するためには、大勢のサポーターになってくださる方の存在が必要不可欠です。


僕たちとHALK TALKを作り上げてくださるサポーターの皆様が必要です。

どうぞよろしくお願い致します!!

みなさまの応援、心待ちにしております\\٩( 'ω' )و//


待っているだけではなく、HALK TALKを立ち上げたメンバーそれぞれが、それこそ、バランスボールの上で身体の状態を改善しようとするように、絶えずブラッシュアップしながら、半歩といわず1歩でも2歩でも立ち寄りたくなるような、ついつい長居したくなるような居場所をつくっていきたいと思います。


あまりにも、よちよち歩きで、雲の中を飛び交う風船のように頼りなく思われるかもしれませんが、なんとか、ベストではなくても、ベターな「もし」を実現できるように、一生懸命やっていきたいと思います。

どうぞよろしくお願い致します。


今、ちょうど深夜3時45分です。

あんまり、ちょうど感ありませんね(笑)

結局長くなってしまいました。いやはや・・・ごめんなさい。

今回のコラムはこのあたりで。


もう深夜なのか明け方なのかわかりませんが、クーリッシュのオレンジソーダ味を買いに行くかどうか迷いながら



ライター:ケイン樹里安

twitter: @Juri1juli1





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